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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8424号 判決 1966年4月28日

原告 柳行一

被告 東成商事株式会社

主文

被告は原告に対し、八五万円およびこれに対する昭和三九年一〇月二五日から完済までの年五分の割合による金員を支払わなければならない

原告の本位的請求の全部および予備的請求のうち前項を除くその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一、第三項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、本位的請求および予備的請求として「被告は原告に対し、九八万七、五〇〇円およびこれに対する昭和三九年一〇月二五日から完済までの年六分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

第一、本位的請求の原因

一、被告の東京支店長であった辺春琢磨は、その在職中に、訴外化繊産業株式会社に対し次の記載のある約束手形各一通を振出した。

(一)  金額 四八万七、五〇〇円

満期 昭和三九年八月二八日

支払地 東京都千代田区

支払場所 株式会社三和銀行神田支店

振出地 東京都千代田区

振出日 昭和三九年四月三〇日

振出人 東成商事株式会社東京支店

取締役社長 佐藤成俊

受取人 化繊産業株式会社

(二)  金額 五〇万円

満期 昭和三九年八月二五日

その他の記載事項は(一)の手形と同じ

二、原告は、訴外化繊産業株式会社から、本件各手形を裏書により譲受け、その所持人である。

原告は、本件各手形をそれぞれ満期に支払場所に呈示したが支払がなかった。

三、よって被告に対し本件各手形金およびこれに対する訴状送達日の翌日から完済までの年六分の割合による法定遅延損害金の支払を求める。

四、本件各手形は、いずれも前記辺春が被告代表者の代理人としてその権限に基いて振出したものであるが、仮りに辺春にその権限がなかったとしても、同人は、被告の東京支店長としてその名称の使用を許されていたものであり、本件各手形は同人がその地位に基いて振出した手形であるから、同人の本件各手形振出の行為は表見支配人の行為に当るものでもって、被告は商法第三八条、第四二条により本件各手形金の支払義務を負うべきである。

五、仮りに右の理由がないとしても、被告は次のとおり民法の表見代理の規定により本件各手形金の支払義務を負うべきである。

即ち、前記辺春は被告代表者に代り同代表者の名義を用いて本件各手形を振出したものであるところ、受取人の化繊産業株式会社は辺春が権限に基いて本件各手形を振出したものと信じてこれを受取った。そして、

(一)  被告代表者である佐藤成俊は昭和三八年秋頃化繊産業株式会社の代表者である山本義夫から融通手形の振出方を依頼されたのに対し、融通手形のことは一切辺春に委かせてあるから、同人にきいてやってくれと返答した。これは辺春に本件各手形振出の代理権を与えた旨を右訴外会社に表示したものにほかならないから、被告は本件各手形の振出について責を負わなければならない。

(二)  また辺春は被告の東京支店長として被告代表者に代り同支店の事務を行う包括的な代理権があった。

したがって、辺春に事件各手形を振出す具体的な権限がなかったとすれば、同人は右の包括的な代理権限をこえて本仲各手形を振出したものであるが、訴外化繊産業株式会社が、辺春に本件各手形振出の代理権があったものと信じたことについては次のとおり正当の理由があるから、被告は民法第一一〇条によりやはり本件各手形の振出について責を負わなければならない。

右正当の理由は次のとおりである

即ち、前記訴外会社は、従来から被告の東京支店と取引があり、その代金支払を受けるために、辺春から被告代表者名義で振出された約束手形を受取っており、また辺春から融通手形として数千万円にのぼる右同様の振出名義の約束手形を受取って来たが、これらの手形は有効な手形として故障なく決済されて来た。

これらの事情と被告代表者の前記言動とからすれば、右訴外会社が辺春に本件各手形を振出すべき代理権があったものと信じたことは無理からぬことであって正当の理由がある

一、本件各手形が前記辺春の偽造した手形であるとすれば、同人の手形振出行為は、同人が被告の東京支店長として被告の事業の執行についてした不法の行為であるから、被告は辺春の使用者として民法第七一五条により右不法行為によって他人に生じた損害を賠償する義務がある。

二、しかして原告は訴外化繊産業株式会社の依頼により昭和三九年四月三〇日本件各手形を、正当に振出されたものと信じて割引き、その割引金として同日本件(一)の手形については四〇万円、(二)の手形については四五万円をそれぞれ同会社に交付し、これにより損害を蒙った。

三、よって、被告に対し、予備的に、請求の趣旨のとおり右損害の賠償およびこれに対する訴状送達日の翌日から完済までの法定遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の本位的および予備的請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、次のとおり陳述した。<以下省略>。

理由

一先ず原告の本位的請求について判断する。

訴外辺春琢磨が被告の東京支店長でというべきである。

第二、予備的請求の原因

あったこと、同人が同支店長として在職中に被告の代表者名義で本件各手形を振出したことは当事者間に争いがない。

しかし、<省略>の結果を綜合すると本件各手形は、被告の東京支店長であった辺春琢磨が訴外化繊産業株式会社代表者山本義夫から同会社の資金繰りのために融通手形の振出方を依頼されてこれに応じ、自己の専断により権限なく振出した五四枚金額にして合計一、八八一万円余の融通手形の一部であることが認められる。

証人辺春琢磨、同山本義夫の各証言の一部には、前記辺春に被告の東京支店長として、このような融通手形を振出す権限があり、また昭和三八年一二月かまたは昭和三九年一月初頃前記辺春および山本の両名から被告代表者に電話連絡して融通手形の振出について承諾を得た旨の右の認定と相反する証言があるけれども、前記乙第一九、第二〇号証および被告代表者本人尋問の結果によれば、被告は昭和三四年一二月頃から訴外化繊産業株式会社に対し被告主張のとおりの手形の融通をし、これが容易に決済されずその決済のために、昭和三八年四月までかかったといういきさつがあり、被告は同訴外会社に対するその後の融通手形の振出を控えていた実情であったことが認められるから、右融通手形の決済が漸く終った直後に辺春が前記のような多額の融通手形を支店長の専決で振出す権限があったものとは到底理解することができないし、また前記乙第一、第二号証および第九、第一〇号証と証人井田安造、同村上博志の各証言によると、前記辺春はこれらの融通手形の不渡問題が生じた後、被告の役員から責問を受けたため、融通手形が無権限で振出された経過についての釈明と陳謝および事後の処理方針を記載した乙第一号証の書面を被告に差入れ、また前記辺春および山本は、前記融通手形の不渡問題が起った当初の昭和三九年五月には辺春が振出した融通手形が被告名義の振出にかかるものだけであって、全部で三五通金額にして合計一、三九一万円余であると被告に報告しながら、その後同年七月に至って、融通手形は既発表の手形のほかに訴外東光ナイロン株式会社名義の振出にかかるものもあり、被告名義の振出にかかる手形が五四枚金額にして合計一、八八一万円余、訴外東光ナイロン株式会社名義のそれが二八枚一、〇九七万円余に達することを報告するという具合で、初め、ことさらに融通手形振出の事実の一部を秘匿していたふしも窺われるのであって、これらの事情からみると融通手形の振出について被告代表者の承諾があつたものとするには不自然なところがあり、前記認定に反する右各証言はいずれも信用できない。

そして、ほかには本件各手形が権限に基いて振出されたものであることを認めるのに足りる的確な証拠はない。

そこで表見責任に関する原告の主張について考察を加えるのに、前記辺春が被告の東京支店長であったことは前述のとおりであるが、本件各手形の振出を受けた相手方である訴外化繊産業株式会社は、前記のとおり、以前に被告から多額の融通手形の振出を受け、その決済が遅れて長期間被告に迷惑をかけたいきさつがあるのであるから、そのことから推して、被告が、右融通手形の決済が漸く終った直後に以前の金額に比べて遙かに多額に達する融通手形(本件各手形はその一部)を振出す筈はなく、辺春が被告の支配人でありかつ、融通手形を振出す権限を有していたことについて、同訴外会社がこれらの融通手形を受取る当時、多大の疑問をもった筈であるばかりか、進んで辺春が右支配人でもなく、右権限をも有しなかったことを深く推測していたものと察せられるから、商法第四二条第二項にいう悪意であったものであり、また民法等一一〇条に定めた正当の事由のある場合にも当らないものであるし、なお原告が民法第一〇九条所定の帰責原因として主張する事案もこれを認めることができないことは先に説明したところから明らかであるから、表見責任に関する原告の主張はいずれも採用できない。

したがって、原告の本位的請求はその余の点の判断をするまでもなく理由がなく棄却すべきである。

二、次に原告の予備的請求について判断する。

すでに本位的請求に対する判断において述べたとおり、本件各手形は被告の東京支店長であった訴外辺春琢磨がその在職中に代理権なくして振出した手形ではあるがは証人辺春琢磨の証言および被告代表者本人尋問の結果によれば、右辺春は同支店の経理およびその他の事務一般を主任として執行しており、被告代表者の指示に基き同支店の副資材購入代金等の支払のため小切手振出の事務をも担当していたことが認められるから、辺春が本件各手形を振出した行為は同人の職務に関し、ひいては被告の事業の執行に関してした行為に当るというべきである。

したがって、原告が前記判断のとおり被告に対し、本件各手形金の請求をなしえない以上、原告がこれを右判断にかかる事情のものと知らないで割引き、その割引金の交付により損失を受けたとすれば、その損害は民法第七一五条第一項にいう事業の執行に付同訴外人が第三者に加えた不法行為上の損害に当り使用者であった被告は同条によりその損害を賠償する義務がある。

この点について被告は前記辺春の本件各手形振出が同人の職務範囲内の行為であると一般人もまた取引の相手方も信頼すべき事実関係が存在しないとし、そのような場合には使用者責任はないとの見解を述べているが、前記認定の事実によれば、前記辺春の行為は客観的にみて同人の職務に関するといいうるものであることは多言を要しないし、本件の場合原告は前記辺春の行為における相手方でもないから、以上をもって同条同項にいう事業の執行についてなされた行為とすることに欠けるところはないから、右被告の見解をとることはできない。しかして、証人栗原実の証言によると、原告は訴外化繊産業株式会社の依頼により昭和三九年四月末頃本件五〇万円の手形を四五万円で、同四八万七、五〇〇円の手形を四〇万円で、それぞれ同各手形が前記辺春の不法行為に基くことを知らないで割引き、同額の割引金を交付したことが認められるから、前記辺春と訴外化繊産業株式会社間の前認定の事情にかかわりなく、原告はこれにより蒙った損害の賠償を被告に求めうるわけであり、右割引金額が同損害額に当るというべきである。

被告は原告が本件手形を割引くに当り、過失があったと主張し、前記証人の証言によれば、なるほど原告が本件各手形を割引くに当り振出確認をしなかったふしが窺われるけれども、このことから直ちに、原告に過失があるものということはできないので、被告の過失相殺の抗弁も理由がない。

したがって、被告は原告に対し、右損害合計八五万円の賠償およびこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年一〇月二五日から完済までの年五分の割合による民法所定遅延損害金を支払う義務をとうてい免れえない。そこで予備的請求はこの限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきである。<以下省略>。

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